825(20200420)

Dear all       
Good morning.

昨日の幕張は5月初旬の暖かさ。今朝は雨で気温
が大分下がるとの予報。このところ坂元は風が強
いらしい。
さて、昨日は久しぶりに「承久の乱(文春新書)」
を読み返した。著者はテレビでもお馴染みの本郷
和人。承久の乱は我々百人一首の愛好家にとって
は特別だ。承久の乱は学校の歴史で学んだように
後鳥羽上皇(82代後鳥羽天皇)が鎌倉幕府と武
力対決した戦乱(1221年:承久3年)である。戦
闘はあっけなく上皇側の敗北に終わり、上皇は隠
岐の島に流され、その子順徳院(順徳天皇)は佐
渡に配流されそれぞれその地で生涯を閉じた。百
人一首を撰歌した藤原定家の目的は何だったかに
ついては諸説ある。定家は歌人として世に出るま
では後鳥羽上皇の恩恵を受けたが、承久の乱後の
定家は親幕派の有力者の庇護を受けた。ある説に
よれば百人一首は定家が仲たがいした後鳥羽天皇
の呪詛を恐れ、鎮魂の思いを秘めた歌集であると
する。それだからこそ百人一首の99番と100番
に後鳥羽天皇の父子の歌を撰歌したというので
ある。百人一首には選ばれていないが後鳥羽院の
次の歌は有名。
「われこそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して
吹け」
ところで、承久の乱が売れているという。この背
景には百人一首のファンがいるのではないかと思
ったりしている。今の時代、一般の人がこんな本
を手にすることはないだろうと思うのである。

各位よい週末を!

@旧江戸幕府天領北町奉行所配下幕張

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