忙中閑

今日は10月並みの陽気とか。といことで、今夕は日本橋人形町に出張る。

さて、我が故郷山元町坂元の観光案内。(山元町ホームぺージ等から。)

東日本大震災(2011年311日)により被災し存続の危機にさらされて

いた「大條家茶室 此君亭(おおえだけちゃしつしくんてい)」が全国からのクラ

ウドファンディング等の支援を受け、本年11月その修復が無事完了し、11

24日から、広く一般に公開されている。この茶室は伝来経緯が明らかな江戸時

代の建築で、仙台藩における茶の湯文化・歴史を今に伝える唯一の遺構。江戸

時代後期の天保31832)年、伊達家28代(仙台藩12代藩主) 伊達 斉邦

(だて なりくに)が、家臣大條 道直(おおえだ みちなお)に与えたもの。東

西3間半、南北4間の規模で、南面に半間幅の庇が付く木造平屋建ての建造物

で、平面は踏込床を設けた三畳台目、床と書院を備えた四畳半、一間半の床と

一間の床脇を備えた十畳で構成。

伊達家から拝領した当時の茶室は、仙台川内にあった大條家の屋敷内にあった

が明治維新後の明治 21 年(1888)年に 川内の大條屋敷用地が陸軍省用地とし

て買い上げられたため、大條家の屋敷移転に併せて仙台支倉へ移築され、その

後、茶室は、昭和71932)年に大條家の居所・山元町坂元の「坂本要害(通

称:蓑首城)」に再移築され、現在に至る。建築様式や建物に使用された柱の

年代測定結果、大條家の記録〔天保31832)年茶室拝領〕から、建築年代は

天保年間(江戸時代後期)と推定される。

なお、この茶室はYAP(谷津アグリパーク)から直線距離で約100mにある。

大條家茶室敷地及び周辺図

 

2024年(令和6年:平成36年:昭和99年)11

@旧江戸幕府天領北町奉行所配下幕張                                                                                            

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