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忙中閑

小生の毎日の散策コースにあるのが京成幕張駅前の「いもっこ保育園」。

今日は園児たちが元気に運動会の練習をしていた。この保育園の名前の

由来は江戸時代の蘭学者で甘藷栽培の普及に努めた青木昆陽。近くには

青木昆陽を祀った「昆陽神社」もある。昆陽神社の境内の傍に建ってい

る石碑には次の記述がある。

「青木昆陽甘藷試作地」

『(Sweet Potato Pilot Farm Made by Konyo Aoki on a Trial Basis

 千葉県指定史跡。この地は、享保20年(1735)八代将軍吉宗の命に

より、青木昆陽が薩摩芋を試験栽培し、成功した所です。昆陽は江戸日

本橋の魚商の子で本名を文蔵と称し、京都で儒学を伊藤東涯に学びまし

た。江戸に帰ったのち町奉行大岡越前守に抜擢され、幕府書物方に登用

され古文書調査・蘭学研究に励む一方「藩薯考(はんしょこう)」を著

し甘藷栽培を説き、救荒食(きゅうこうしょく)として飢饉に備えるよ

う吉宗に上書し認められました。甘藷は小石川養生園(現植物園)、下

総馬加(まか)村(現在地)、上総豊海(とようみ、九十九里町)で試

作されましたが、現在地のみが成功しました。甘藷栽培を紹介した人は

昆陽以前にもいましたが、関東地方に広めたのは昆陽が最初であり、幕

府の事業として実施したため全国に影響を与えました。その後幕張にお

ける甘藷栽培は次第に増え、天明の大飢饉にも甘藷のおかげで餓死者は

皆無であったと伝えています。天保年間(1830-40)には、検見川で甘

藷から飴も製造されるようになりました。』

 

現在の幕張という地名は馬加(まか)村に由来する。

 

あ~、忙しい、忙しい。

 

2024年(令和6年:平成36年:昭和99年)10月

@旧江戸幕府天領北町奉行所配下幕張                                                                                            

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