Dear all
Good morning.
庭に福寿草が約40本群生していて花がきれいだ。
宮城では4年目の3.11を控えて、映像で振り返る
テレビ番組が目立つ。坂元の復興は途上だ。常磐線の
浜吉田ー相馬間は2年後の開通とのことだ。
ところで、百人一首には津波に関係する歌が一首ある。し
かも宮城と関係があるのだ。「契(ちぎ)りきな かた
みに袖(そで)をしぼりつつ末(すゑ)の松山 波越
(なみこ)さじとは」清少納言の父の清原元輔の歌で
ある(42番)。「末の松山」は多賀城市の宝国寺の付
近だとする説が有力だ。貞観大津波(869年、小生
この年を「波浪苦(ハローク)」と覚えている)の時で
も末の松山には津波がこなかったと言われており、ここ
から「末の松山を波が越す」といえば「ありえないこ
と」の例えとなったのである。したがって、42番の
歌意は「約束したのに、お互いに泣いて涙に濡れた着
物の袖を絞りながら。末の松山を波が越すことなんて
あり得ないように、決して心変わりはしない」という
ことになる。いずれにせよ、神社仏閣が緊急時のラン
ドマークとして津波が浸水した境界に建立されている
ようなのだ。高台にある磯地区のお墓が津波を免れた
のも実はこれが伏在していたのではないかと秘かに思
ったりしている。
今日はドライブを兼ねて丸森あたりに行ってみようか
と思っている。
Have a nice weekend!!
@坂元:殿原小路